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2008年07月10日 (00:06)

突然ですが三十路にして太宰ですよ、お父さん

今週も折り返し地点を迎えまして、ほっと一息

しかし明日からもまた疲れた体に鞭打って進まねばならぬプロレタリアートの皆さん、こんばんは

わたしは鞭どころでは動かないので、薬でやる気を補充しています


どうも

実は文学青年@うつ病

です


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30も越えて、青年もないだろうという突っ込みは聞こえません

わたくし永遠の青年です

青いです、青臭いです、青春です

でも、梅雨時期に洗濯物を部屋干しして、ちょっくら菌が繁殖した臭いとは違います

ええ、断じて違いますとも

さて、太宰です

いまさらながらと申しましたが、もちろん青春の初期の頃にも読んでました

『人間失格』とか『斜陽』とかをなんとなく読んでました

そのころは、とにかく暗い作品だということと、すごい作品だという感想しかありませんでした

しかし、今、『もの思う葦』を読んでみて、また違った想いが溢れます

人は自分が弱いことを隠したがります

当り前です、少しでも強く、格好よく、凛々しく、勇ましく、つまり、良く見られたいのは、誰だって同じです

だから自分が弱いことを晒すのは勇気がいるでしょう

太宰はその勇気に長けていると、非常に感じ入りました

彼は力いっぱい、自分が弱いものであると、声を大にして叫んでいるじゃないですか

彼の弱さがなんであったのか、そんなのわたしにはわかりません、それは彼にしかわからないでしょう

龍之介の「ぼんやりした不安」と同じです

誰にもわからないんです

それをああでもない、こうでもないと学者たちは喧々囂々ですが

そんなのはどうでもいいことです

それこそ愚行です

わたしは太宰の叫びだけを聞きました

そしてその叫びは、龍之介のそれとは違い、ユーモアがあると感じました

龍之介の最期のころの作品は、読むとうつになります

太宰のそれはうつにはなりません

基準なんてそんなのでいいと思います

読む人間はどこまでも読む人間であり、そうある以上、またどこまでも自由です

その覚悟はいついかなる時も持ち合わせています

だから、太宰は弱いことをあえて強く叫んだんでしょう
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