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2010年07月20日 (08:38)

理知の光と狂気の陰と

雨が上がったと思ったら、一気に夏到来ですね。
全国各地でいきなり猛暑に入りましたが、みなさん如何お過ごしでしょうか。

はるすぎてなつきにけらししろたえの……なんて悠長なこと云ってる場合じゃないほど、京の都は蒸し暑くて不快指数MAXです。

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光あるところに陰は射し、光なきところには陰は陰となりえず、ただぬばたまの闇が広がるのみです。

理性は光かと云われれば、そのテーゼには答えられませんが、理性なくば狂気は定義できないとは云えましょう。
故に、理性の光と狂気の陰は表裏をなしていると見做します。

さて、わたしはマツクリ(主治医)によく「そんなに自分のことを解っているなら、大丈夫なんじゃないの?」的なことを云われます。
自分がどう感じて、何に苦しみ、どう解決したいのか、考えてしまうからです。

精神が病んでいる状態でそのような分析を行う人が少ないのでしょうか、分析できるなら病んでいない的な見方をされるようです。

しかしながら、それは間違っていると云わざるを得ないです。

冒頭にも申し上げたように、理知と狂気は表裏の存在です。精神を病んで狂気の弊害に苦しめられているからといって、理知を失っているわけではないのです。ただ多くの人が、その苦しみによって理知を忘れているに過ぎない。

理知を失わない、もしくは失えない人はどうしても考えてしまう。
なぜ自分はこんなに苦しいのか、何が原因なのか、どう解決していきたいのだろうか。
どうしようもなく救いようのない未来の悪循環を脳内で繰り返すうつ状態から、しばし抜け出たときにも脳はいつまでも考えることを止めようとしないのです。

止められない思考の洪水によって、自らを分析しているにすぎず、理知は理知でも狂気の入り交じった理知でしかないその思慮は、正しいのか狂っているのか、もはや自分では判別できない。
だからこそ医者にその旨を告げるのですが……。

理知を保ったままで狂っていく姿を描いた作品に、『歯車』という有名なものが有ります。
これは誰でも知っているでしょうが、狂人になる一歩手前で自ら命を絶った、芥川龍之介氏の作品です。

このブログを読んでいるということは、多少なりともうつに関わりがあったり、もしくは自らうつで苦しんでいる人でしょうから、『歯車』の購読はおすすめしません。
なぜなら、彼の末期の作品群、『歯車』、『河童』、『或阿呆の一生』などは、うつ病患者、精神病患者にとって、あまりに生々しすぎて、より一層症状が悪化するおそれがあるからです。

芥川氏は作品のなかで、自らの視界の中に半透明の歯車を見ます。
当然幻覚です。
彼はもはや狂ってしまっていたのです。

しかしながら、その描写や文章には些かながらも支離滅裂としたところはありません。むしろ理知の光で溢れかえっているほど鬼気迫るものがあります。

彼は狂いながらも、その狂っていく過程を自ら活写したのです。

別段、芥川氏ほどの天才と同類だと云いたいわけではありません。

ただ、世の中には、狂気の中にも、自らの狂気を察知し、理解して、自らおののくような、そんな人間もいるのだということを、世の人々、とくに精神科医に対して伝えたいだけです。

今度マツクリにいったら、「『歯車』をお読みになったことはありますか?」と尋ねてみようかしら。


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