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2009年01月24日 (00:45)

子曰く、「わき巫女連れてきてくれない?」

ようやく週末を迎え、ほっと一息ついているプロレタリアートの皆さんこんばんは

毎日週末気分ですとうつ病も深まっていきます

どうも

どっこい結婚している@うつ病

です

わたしが結婚したのは今から3年程前のことです

出来婚ではないんですが、籍入れて数日後に赤ちゃん発見状態なので、時期は非常にかぶってます
まあ、そんなのはいいとしてですね、今日は結婚生活について少し語ろうかなと、こう思ったわけです

結婚しない男女が増えつつある昨今です
結婚は地獄、墓場、牢獄、などなど幾世紀も前から散々な言われようもしております

現在の結婚事情については論を後にして、結婚しても不幸せにならない方法をわたしはわたしなりに実践してきた気がします、もちろんそれは妻も同様でしょう

家庭ってのは、そこに所属する全員で作り上げていくもので、誰か一人の頑張りだけで保てるものではありません

で、結婚生活において最も大切なものは何かと考えた時に、やはりまっさきに思いつくのは「思いやり」です

これ、どこぞのアンケートでも1位に上がったりしてるんですが、この「思いやり」、実は非常に厄介なものでして、思いやりとは何か? と問われると人それぞれ微妙にニュアンスが変わってくるんじゃないかと思います

わたしの場合は僭越ながら『論語』を参考にさせてもらってるんですね

そうです、孔子先生ですよ

やはり数千年残る教えというのは、それなりに真理が含まれているからこそだと思おうんですよ

でですね、その孔子先生、なんつってるかというと、

ある日、孔子先生の弟子の子貢が先生に聞きました
「先生、生きていく上において最も大切なことは何でしょうか?」
そこで子曰くですよ
「それは恕である」
恕というのは思いやりということなんですね
やはり孔子先生も思いやりは大切だと語るわけです
しかし先生、さすが数千年残るだけはあります、その恕とは何かをちゃんと説いてます
子曰く、「自らの欲せざるところ人に施すことなかれ」
つうわけです

これは実はすごいんじゃないかとおもうわけなんですね
といいますのも、思いやりというのはほとんどの人が、「~してあげたら喜ぶかも」という気持ちを元に人に接しているものなんじゃないかと
しかし先生は「自分がされたくないことを人にしちゃダメよ」というわけです

深いですよこれは
なぜならば「喜ぶだろう」と思って行うことが実は的を外れていたり、それほどど真ん中じゃなかったりすると、やった方は「せっかくやってあげたのに」という気持ちが多少なりともできてしまいます
これは結局のところ、見返り(相手の喜び)を求める思いやりなんですね

さらに、「喜ぶだろう」と思ったことが正反対に働く場合もあります
これは人間の価値観が一人一人違うんですから、そういうことも起こりうるんですよね
自分の喜びと相手の喜びは違う可能性があるわけですから

さて、しかしながら先生の説くところは「自分がしてほしくないことをするな」です
ここには見返りを求める気持ちはありません
さらに喜びの価値観の違いからの齟齬もないです

まさに徳の面での行いです
それは対外的には礼であり、内面的には仁であります

何を言っているかと云いますと、相手に見返りを求めることもなく、自省して、相手に接するというところを重んじているんじゃないかということです

まあ、キリストも愛は見返りを求めるものではないと言ってるわけですから、思いやりが愛の行為としての一面であると考えるなら、やはり、孔子先生の言は一理あるわけですね

まあ、長くなっちまいましたが、結局何が云いたいかというと、お互いが自分がやられたらやなことはしなければ、それは自然な思いやりを持った状態として過ごしていけるんじゃないかっつうことなんですね

そんな簡単に聖人の心を持てないのが結婚生活ですが、努力はしています


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コメント

カエサルさん

たしかに! そういう見方もできますよね

やっぱり孔子は深いですねぇ

「自らの欲せざるところ人に施すことなかれ」
私は、「人に親切したいと本当は思わないのに、そうであるかのように装って(自分をいつわって)他人に親切をするな」と解釈します。つまり偽善者になるな、と孔子先生はおっしゃっているのではないでしょうか。
ゆっちさんの
「自分がしてほしくないことをするな」というのも一理ありますけどね。

TOKOさん

そうなんですよ、どうしても思いやりというと、自己満足の善意に近づくイメージじゃないですか、無意識的に

でも孔子は2500年以上前からそれを見破ってたんだなぁと思うと、人間の精神性はあまり変わってないのかと思えますね

孔子さん良い事言いますね。

たしかに善意の押しつけって苦手です…。
悪意は無いのだから…と思いつつ、
自己満足のための善意に、
鬱陶しく思った事などあります。

私も孔子さんの教えを心がけてみます。

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